東京都港区にある靴工房「Spica」。そこには世界に一つだけの靴をつくり出す職人がいる。“オシャレは足元から”という言葉通り、靴にこだわる趣味こそおとなの粋。靴により人生を豊かに演出する職人・斎藤融氏はこう語る。
客と職人、想いの真剣勝負
フルオーダーの靴を欲しいと思うお客さまは、それだけ強い想いがあって私に注文してくる。職人としてお客さまの想いを受け止めることはもちろん、その強い想いに応えなければなりません
最高の靴を求めた時、たとえいくら質の高い材料や技術があっても完成するものではないと斎藤氏は言う。つまりフルオーダーメイドであるがゆえに、お客さまがもつ“想い”を投入してこそ作品は仕上がるというのだ。「靴職人としてスタートしたばかりの頃は、とにかく自分の腕を上げること、クオリティの高い靴を提供することこそ、お客さまが満足することだと思っていました。しかしある時ハッと気づかされたんです。量産品ならともかく、フルオーダーの靴を欲しいと思うお客さまは、それだけ強い想いがあって私に注文してくる。職人としてお客さまの想いを受け止めることはもちろん、その強い想いに応えなければなりません。そこには目に見えぬ真剣勝負がある。それがあってはじめて、世界でたった一つの理想の靴が世に誕生するんです」と斎藤氏。卓越した技術はもちろんのこと、相手の想いを形にすることこそが“究極の理想”なのだ。
靴職人という職業との出会い
“好きなことに誇りをもち、とことん自分の腕を追求したいという気持ち”を聞いた時、私自身も何か心が揺さぶられるものがありました。
そんな斎藤氏が靴職人となったキッカケは専門職でその道を極めようとする人との出会いだった。「靴職人になる前、じつは大手化粧品会社で、プロの美容師を相手に商売をしていました。毎回の商談でその方たちとお話をするなか、“好きなことに誇りをもち、とことん自分の腕を追求したいという気持ち”を聞いた時、私自身も何か心が揺さぶられるものがありました。その時の年齢は30歳。新しいことを始めるには今しかないと思いました」
「一つのことを極めたい」──斎藤氏の想いの答えは“足元”にあった。革靴に興味を持ち始めたのは、スーツを着るようになった社会人の時。それ以前はまったく革靴を履いていなかった反動からか、その魅力に惹き込まれていったという。
「シンプルなデザインでありながら、素材の艶・色が上品さを醸し出す革靴。素直にかっこいいなぁと惚れ込んでしまいましてね。これを自分の手で作れたらどんなに幸せなことかと、気持ちはどんどん昂ぶりました」。
斎藤氏の想いは次第に強くなり、靴職人として生きていきたいと思うようになったという。そんなある日、ある人からこんな忠告を受ける。「おまえの気持ちはよくわかったが、“靴が好き”ということと“靴作り”は別物だ」。
一見すると「そんなのわかっているよ」と一蹴してしまいがちではあるが、斎藤氏はそれを真摯に受け止めた。どこかに、靴を通してお客さまの人生にもかかることであるという重みを感じたのかもしれない。意を決して靴の専門学校に入門したという。